オウムがサブカルとして身近にあった時代・前
2018-07-16


ナカタさんがそこに何の用件で行ったのか聞いたかもしれないがもはや思い出せないが、彼はそもそもそんなものには関心も興味もなく、その師匠のことを無視して、彼らと離れて自ら持っていた本を読んでいた。
 と、それがその師のカンにさわったのか、その先生と呼ばれた男はナカタさんに向けて「念」を飛ばしてきて、ナカタさんはどうしても本が読めくなってしまったと言う。
 手が震えたからなのか、頭痛でもしたのか詳しいことは訊いたけど思い出せないが、「ともかくどうしても本を読み続けることができなくなってしまった、あんなこともあるんだなあ」とぼやいていたことは憶えている。
 彼曰く、その師匠を無視したので怒らせたらそんな目に遭ったのである。
 
 その話を聞いたとき、どうもピンと来なかったし、そんな不思議なことがあるのかと半信半疑であったが、ナカタ氏は間違いなくその男を怒らせたので念力でそんな目に遭ったと言っていたことがずっと記憶に残っていた。
 そして後年、オウム真理教がマスコミに取り上げられ、さらに様々な犯罪を起こしたとき、不意にそのナカタさんから聞いた話を思い出した。もしかしたらあれは、オウムのごく初期の集まりで、来たのは麻原彰晃ではなかったのか。じっさい彼ならばそんな「超能力」をやりかねないとその時は思ったし今も我は思っている。

 彼の有名な「空中浮遊」はともかくも、あれだけの組織を短時間で築き、多くの有能な若者たち信者を集められたのは、それがマヤカシや手品ではなく何か特殊な「超能力」とも呼べる特異な力があったからではないか。
 じっさい当時のマスコミ上での対談などでも彼は饒舌に読心術的に対話相手のことを語り当てて驚かせていた記憶がある。
 そもそもごく当初の麻原が始めた宗教は、純粋に病み悩める人を癒し救う目的であったのではないか。彼には元々特異な能力があり、それゆえ多くの人々を魅了し教団は肥大化していったのだと我は考えている。
 ただ、その「力」は彼を無視したナカタさんに怒って懲らしめたがごとく、次第に私利私欲に向かい、権力を手にしてから悪質な妄想と被害者意識の肥大から狂信的かつ破滅的凶行に走っていくのである。
 
 ※もう一回書きます。

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[脱原発時代の昔語り]

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