我が人生、最低最悪の年が間もなく終わる・
2025-12-30


★今年を振り返って@

 物心ついてから60年以上、70歳目前にして、今年2025年は我が人生史上、最低最悪の年、そしてまた逆に言えば最良の年であった。※何故に最良でもあるかは後ほど詳しく説明する。
 まずは、この一年を順に振り返る前に、またまたまた当ブログ更新が遅れたかについて記したい。
 情けない話、まだパソコンも新しくしてない。前のままのキー打ち込みに不具合のある旧いパソコンで書いている。

 一昨日の東中野じみへんでの盟友・太田三造のライブに行けて、これでようやく対外的な用事はすべて終わった。
 例年のことだが、大掃除も新年の支度も何もしなく、後は何とか年内中に不義理が続いている年賀状を、今年こそ拵えられるかどうかだ。
 以前は、谷保かけこみ亭での大晦日の年越しイベントにも顔出していたが、今はともかく忙しく大晦日も元旦もやるべきことが山積しててとてものんびり友人知人たちと酒を酌み交わしている余裕がない。

 ブログの更新がこの一か月全くできなかったのは、我が愛車、オンボロのホンダの軽バン・バモスが、車検が通らず廃車にするしかなくて大慌てで新たな同型の中古車を探して乗り換えねばならず、ともかくパニックっていたからだ。

 実は、そのバモスという軽バン、このところ何故か不具合が続いていて、自分でも果たして今回の車検が無事通るかわからなかった。
 そのクルマは、以前近所で個人で自動車修理工場をやっていたミヤザワさんという人から斡旋してもらった中古車で、安かったが年数、形式も旧く、我の運転の下手さもあってあちこちに小傷や不具合のガタが来ていた。
 ※先にお知らせした交通事故を起こしたのもこの車でだ。

 ミヤザワさんとは、父の代からの付き合いがあり、バモスの前のスバルの軽バンのときから、車検は彼にお願いしていた。
 そのスバルの軽バンのとき、やたらエンストを高速内でも起こすので、診てもらったら、エンジンにオイルが入ってて直しようがない、と知らされ、彼が別の中古の軽バンを斡旋してくれたのが今のこのクルマだ。
 彼は、今、故あって数年前に実家のある三重県津市に住まいを移して、そこで修理工場をやっていて、その縁でバモスもわざわざ津から来てもらい車検はいつも全面的にお願いしていた。

 今回もまた彼に頼もうと考えていたのだが、あれこれやたら忙しくて気がついたらその車検の締め切り日の12月に入ってしまった。
 クルマもいよいよ不具合が多発してきて、ともかくミヤザワさんに車検のが通るか見てもらい相談しようと思っていたのだが、何故か彼とは連絡がとれなくなっていた。いつスマホにかけても留守番電話である。
 いったいどうしてしまったのか。事故か病に倒れたか。心配した。

 そうこうしているうちに、まずクルマの後輪のタイヤの空気が抜けて来て車検の前に、近くのオートバックスでエンジンオイルを交換した際、見てもらったら、タイヤ自体が古くてかなりすり減っていて、もう限界だと言われて、冬用のタイヤに全部新たに交換した際に、今回はオートバックスで車検もお願いしようと決めた。
 ミヤザワさんと連絡とれないし、車検が切れる期日が年内12月27日までなので、彼の都合もあろうし連絡とれたとしても来てもらえるかも定かではないかったからだ。で、予約入れた。

 そして、その前に、一泊で、茨城県笠間に今は住んでいる学生時代の旧友に来てもらい山梨の倉庫兼古民家に行ってきた。
 ところが、クルマは、ギアを切り替えるシフトレバーがやたら重く固くなってきて、その切り替えに非常に苦労した。
 エンジンオイルを交換した時頃から、何か重くなってきた感じがしてきたが、もうどうかしちゃったかと思うほど、動かすのに力がいるのである。
 オートマだから、左手の親指でボタンを押してギアを変えていくのだが、そのボタンがなかなか押しても固くてカンタンには動かない。

続きを読む


コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット