ファックス電話機について考えたこと・続き
2019-01-06


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★時代の流れに取り残されたものと我ら

 FAX、つまりファクシミリについては特別な思いが我にはある。
 電話回線を使ってだが、瞬時にして相手方に原稿が送れる、受け取れるということはまさに画期的発明であった。インターネットが普及する前、その先鞭をつけたとも言えよう。

 いったいいつから一般的に用いられるようになったかわからないが、それまでは、出版などの原稿の受け渡しは基本直接であった。
 つまり編集者が受け取りに来たりこちらが大慌てで会社に持ち込む。書き手が遠路や地方にいる場合は、郵送するしか手はなかった。

 我は若い頃、といっても30代にはなっていたと思うが、物書きの端くれというか、そうしたことに関わっていたことがある。
 その頃はもうファックスは普及していて、どんなに〆切間近であろうと、タイムアップギリギリでもともかくファックスで送信さえすれば即届くのでとても有難かったと記憶している。
 当初は自宅にはまだその機械がなく、その送受信機がある近くの青写真を扱う印刷会社へ原稿を持ち込みに行き、そこから送っていた。使用料というか送信代は一枚いくらだったのか思い出せない。100円だったか。

 やがて、すぐにパナソニックの「おたっくす」というファックス機能付き据え置き電話が家庭に普及して来てさっそく我も購入した。ずいぶん原稿送信に活躍した。逆に〆切催促などでキレた編集者からのお怒りのファックスも始終届きもしたが。
 じっさいファクシミリなる電話回線送信システムがなかったらば、郵便制度が確立した明治の頃と全く同じで、人々は郵便で信書同様、原稿などのやり取りをしなければならなかったのが続いていたことだろう。
 感熱紙の印刷は荒く汚くとも、こちらの元の原稿は手元に残り、一枚づつ送信すれば瞬時に相手方に次々と届いて電話でまた確認のやりとりもできるのもじつに有難かった。
 そうした「黄金時代」を知る者として、ファックス機能は必要不可欠だと思いこんでいたわけだが、今回その電話機が壊れてあれこれ新機種を探してみてハタと気づいた。考えた。

 そう、我も含めて今の人はもうファックスはさほど、いやほとんど使うことはないのであった。考えてみると、昔は日常的に友人間とも気軽に送受信していたわけだが、ネットの普及で、紙の手紙と同じくそうしたやりとりはほぼ全部メール等で済んでいる。
 メールならば添付ファイルで文字原稿のみならず画像、あるいはときに映像でさえアプリを使えば相手方に送ることができる。かつてファックスでやっていたことはもはや全てインターネットで、さらに綺麗に代用できるのであった。
 ゆえに家庭にはファックス送受信機など今日まず必要ないわけで、ニーズもないから機種も製造メーカーもどんどん減るばかりで、今回のように選択肢もないのが当たり前の現状なのであった。

 思えば、昨今、我にファックスが届くのはごくたまに京都の老詩人から、こちらが何か送ったときの到着の御礼文とか、亡き母の友人知人から連絡等がたまにあるだけで、宅電そのものも含めてほとんど電話さえも直に今の我にはかかってくることはまずないのであった。
 喫緊の用件は、携帯電話とスマホのメールで事足りてるし、ファックスでやりとりするのはそれしか未だ手段がない老人世代だけであったのだ。

 しかしだからといって、宅電もファックスも今回もう撤廃してしまうわけにはまだいかない。やがてはそうなるとしても父が生きている間は、電話はまだ様々な用件としてかかってくるし、ごくごくたまにでもファックスが何かしらの理由で届くときもあるはずなのだ。
 毎年利用している、お歳暮やお中元の注文だってファックス送信以外に注文書を送る方法がない。まあ、郵便という手もなくはないけれど。

 で、けっきょく何を購入したのか。当初は、そのパナソニックの、使い慣れた感熱ロールタイプのを買うと決めていた。それしかないと思った。

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[日々雑感]

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