おかげさまで手術は無事終了!
2016-04-07


そしてそれもこれもこのブログの読者や友人たちのおかげだと声を大にして言いたい。皆さんが共に祈ってくれたから手術はできたし無事に終えられたのだと思う。

 祈りや心配する思い、人の思いやる気持ちは見えやしない。が、そうしてその方にとっては他人でしかない我が母のことを思ってくれる人たちがいるということが、力になり支えになったと今気がつく。
 小心で勇気がなく、常に不安や怖れに苛まれ弱気になりがちの我が何とか耐えて持ちこたえられているのは、我が神と我が良き隣人たちがいてのことだ。
 逆境ということではないが、人は辛く困難に出会うとき、その苦しみに一人で耐えねばならないとしても、側に誰かが、いや、共にいなくとも、誰か他者がその困難な時にある者のことを知って思いやり、気遣い、そして一瞬でも祈ってくれているのだと思い、そう知ることがどれほど救いになるか今回深く知った。

 気休めに過ぎないという声もあろう。だが、人を救い、励まし、力になるのは、じっさいの行動以前に、たとえ離れていたとしても他者を、つまり汝の隣人を思いやる気持ちなのである。そしてそのことこそが祈りであり、祈りとは「愛」そのものなのだと今ははっきりとわかる。
 そう、お金や行動以前に(残念だが人は人に対してじっさいのところ何の力にもなれやしない。何故なら別固体の別人格という他人だからだ)、誰か他者が、苦境にある我のことを案じて思ってくれていること、誰か共に祈ってくれている人がいると思うことこそが、どんなに苦しく大変でもたった一人ではないんだという認識に繋がり、救いに、そして力になるのである。それは損得でも利害関係でも見返りでもない。
 
 それこそが「愛」なのだと。愛の本質はそこにあるのだ。皆さんにも神のご加護を。愛こそすべてだと。そう、愛しあってるかーい!?

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