うたよ、音楽よ、今再び!!・B
2020-05-04


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我はそのうたをいつも聴きながら、ずっと何で自警団の人たち、民間人たちが日本に出稼ぎに来ていた朝鮮人たちを殺したのか不思議に思っていた。そのうたには、史実は克明に淡々と唄われているけど、彼ら日本人側の「動機」は窺い知れない。そう、無知な農民や労働者たちばかりではなく虐殺には文化人、知識人的立場の人もいたとされる。
 何でそんな理解に苦しむ暴挙、非道なことに彼ら自警団の民間人たちは及んだのか、だ。そして彼らはそこで後に反省したのか。

 が、今はこのコロナウィルス禍ではじめてわかった。よく理解できた。あのとき、朝鮮人を虐殺したのは、今回も登場したコロナ「自警団」、「自粛警察」の人たちに百年過ぎても今も通底する心理ゆえなのだと。
それは、悪意とはかけ離れた絶対的な「正義感」なのだと気づく。
 彼ら自警団は、地域の治安を守ろうという、いわば善意の思いが、「正義」となって暴挙に及んだのだと今は良く理解できる。
 自らのしていることは、世の中のために正しいと考えての行動が、ときに結果としての悲劇や大きな過ちに繋がることもあるのだ。※家庭内で躾として親が子を、体罰の挙句殺してしまうのもまた同様の「正義」故にだろう。

 コロナウィルスは社会をまず分断している。そして、その不安と恐怖、ストレスから人は他人を疑い傷つけ、ときにかつてのように「虐殺」するかもしれない。
 だからこそ流言飛語に騙されないとともに、まずは自ら行動前に、コロナ感染拡大予防と同様に、その「正義」はほんとうに正義であるのか、それを他者に行使するのは正しいのか、再考してほしい。コロナ終息後の世界が元通りに、ほんとうのワンチームの日本であるためにも。

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[日々雑感]

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